先月は、私の錯覚によって理事会を欠席した。改めて深くお詫び申し上げ、これからは二度とあのようなことがないように気をつけたい。もちろん人間誰しも錯覚はあり、まして粗忽者の私がそれを根絶するのは至難のことだが、懸命に努力したい。
さて、「錯覚」に関する一番有名な言葉は、将棋の世界で、升田幸三八段(後に名人、王将などのタイトルを獲得)が後の大山康晴名人との対局で、錯覚して逆転負けを喫した時に発した「錯覚いけない、よくみるよろし」の一言である。今も伝説の中に生きる超大人気棋士升田幸三が、錯覚で好局を落とした末に発した悲痛の声は今も我々の胸を打つが、もとは縁日などにおける大道詰将棋の業者が客に対して投げかけていた文句と言われる。私は、子供の頃小松の莵橋神社のお祭りで、大道詰将棋ならぬ大道詰碁を見たことがあるが、この種の露店は、今は全くなくなってしまった。なお、普通の詰将棋は敵玉を盤面の右上部で詰ませる問題が一般的だが、なぜか大道詰将棋は盤面左上部で出題されていたようだ。
ところで、将棋には、このような歴史的名言の他に、勝負の時に思わず口からついて出る地口に類する言葉が多い。「そうか」には「草加・幸手は千住の先」と応じ、「やっていくか」には「きたかチョウさん待ってたホイ」と受け、他にも「おそれ入谷の鬼子母神」「見上げたもんだよ屋根屋のフンドシ」(これは柴又の寅さんの口上でも使われていた)など分かりやすいものが多いが、私が頭をひねったのは、持ち駒を聞かれて歩しかない時、「歩ばかり山のホトトギス」と答える言葉の由来である。
ある時、ふと、これは仏教賛歌「法の深山」の歌詞、「法の深山のホトトギス」がその典拠ではないかと思いついた。「ノリのみやまの」から「ホウのみやまの」「フウのみやまの」「フのみやまの」「フばかりやまの」と転じたものではないかと思いついたのである。聖なる仏教歌の歌詞を勝負事での地口に転用されたと想像するのは気が引けたが、将棋もまた聖なる勝負世界である。「深山のホトトギス」は、ときに成句のように用いられ、水前寺清子の「涙を抱いた渡り鳥」では「ひと声ないては旅から旅へ、苦労みやまのホトトギス」と歌われている。ここでは「ミ山」と苦労を「ミる」が懸詞になっている。この瞬間、素晴らしいことを思いついたような気分になったが、こんなことは、将棋界の方々にはとっくに既知のことかもしれない。世の中は自分の知らないことばかりだ。このあたり、いつか、神奈川県将棋界の重鎮で湘南石川県人会のリーダー佐々木重輝さんを通じて我が県出身の女流棋士井道千尋二段にお伺いしてみたいと思っている。
いま場所中の大相撲名古屋場所では、輝、大翔丸、遠藤、豊山、炎鵬など郷土出身力士や郷土の高校を卒業した力士の奮闘が目立っているが、千秋楽まで好成績に向かって良い相撲を取り続けられんことを期待しつつ、相撲については稿を改めたい。(2018年7月19日記)
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