2018.05.19 14:33能登と源平時代 私が「能登」という言葉を最初に知ったのは、平家の猛将能登守教経(のりつね)によってである。小さいころ寝物語に聞かされた源平合戦の話の中で、源氏の英雄源義経に対し、ライバルとして立ち向かったのが、この人であった。大人になって平家物語などを読んだら、教経は、平家が一ノ谷に落ちたあと、西国における六箇度の戦いでことごとく勝ち、屋島の合戦では、義経の身替わりに佐藤継信を弓矢で倒し、源平最終戦の壇ノ浦の合戦では義経を追い詰めたものの八艘跳びで逃れられ、最期は強敵を両脇に抱えて海中に没する印象の強烈な人物として描かれている。彼は、決して義経の引立役や敵役ではない。平家の衰運を感じながらも、自分の運命を引き受けて戦い、死んでいった。教経の生涯については異説もあるが...