葛の葉

 前回ご紹介した展覧会「前田家の近代美術コレクション---前田利為・春雨に真珠をみた人」はこの21日に終了するが、多くの方に目黒区美術館を訪れて頂いた。前田育徳会関係者として、深く感謝している。その多くの展示品のうちで、今回は、上下二巻構成の永井幾麻筆「葛葉物語」について書きたい。

 これは、狐の恩返しともいうべき「信田妻」の物語を巻物に描いたもので、永井幾麻の描いた絵を利為公が購入され、歌人の烏野幸次が詞書を、書家の尾上柴舟が清書をそれぞれ担当して1940年に絵巻物が完成した。このように利為公御自身の思いが巻物となった作品であり、新しいこともあって絵がとても美しい。この物語は、古来、文学や芸能でとり上げられてきたが、文楽や歌舞伎では「芦屋道満大内鑑(あしやどうまん・おおうちかがみ)」という外題が付いた長いストーリーの一部となっていて、今も上演される。これは、平安時代の陰陽師安倍晴明(あべのせいめい)は、父の保名(やすな)が狐と契って生まれた子供、という伝説からきている。失意の安倍保名が白い狐を助けたところ、突如、婚約者葛の葉姫が現われて、そのまま二人は結ばれて子をなす。しかし、この姫は助けられた狐が化けたニセの葛の葉姫であった。そうこうするうちに本物の葛の葉姫が保名を訪ねて来ると、狐は遂に正体を顕わして、「実は自分は狐である」と白状し、子供を置いて自分のすみか信田(しのだ)の森に帰って行くことにするが、子を思う心は人間と同じ、別れにあたって「恋しくば 来てもみよかし 和泉なる 信田の森の うらみ葛の葉」[私の見た舞台では「恋しくば たづね来てみよ・・・」となっていた。]と障子に書き付ける。この障子への筆書きがこの芝居の見せ所で、書く文字が裏文字だったり、下から上へ書き上げたり、左右の手で書いたり、筆を投げて濁点を打ったりする、いはばケレンの演出が行われる。ケレンについてはいろいろの見方があるが、役者の見せ所には違いない。

 なお、外題名の芦屋道満という人物は、安倍晴明と同じ頃の陰陽師で、一般には晴明のライバルで敵役的に受け止められているが、この芝居では、善人の役柄になっている。また、この芝居は、人形浄瑠璃で三人遣いが初めて行われた演目としても知られている。前田育徳会の巻物では、この狐の物語がリアルな筆致で描かれていて感激した。

 ただ、食い気の張った私としては、葛の葉というと、どうしても食べる葛を思い出す。葛の食べ物では、葛湯も好きだが、葛切りには歌舞伎に関して格別の思いがある。旧歌舞伎座の二階で休憩時間に注文する葛切りは、芝居にのめり込んだ私の頭を心地よく冷やしてくれる実に有り難い甘味だった。

 公立小松大学の仕事で、コロナに注意しながら北陸新幹線に乗ることがあるが、いつしか新幹線の時間調整に、東京駅中のエキュートにある天平庵という甘味屋で葛切りを食べるようになった。この店からガラス越しに北陸新幹線への改札口を望見することができて、「かがやき」や「はくたか」の運行の気配が分り、誠に便利だったが、この3月半ばで閉店になった。ここで葛切りを食べつつ「葛の葉」の舞台を反芻するのが楽しかったので、店仕舞いは残念というほかない。吉野の葛を用いるこのお店の本店は奈良にあると聞く。

 葛切りの葛は、吉野の葛のほか、九州は筑前秋月の葛も有名であるが、我が故郷には、宝達の葛がある。この葛切りも実に美味しく、金沢の尾張町、新町あたりのお店で食べた宝達葛は忘れがたい。コロナの束縛から自由になる日が来たら、思う存分故郷の葛切りを楽しみたいと思っている。(2021年3月17日記) 

石川県人 心の旅 by 石田寛人

石川県人会発行の月刊ニューズレター「石川県人会の絆」に2016年1月の創刊から連載中の記事をまとめたサイトです。

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