勧進帳と三人吉三

 今年の故郷石川は大雪。何十年ぶりとか言われているが、もう甚大な被害をもたすような大きな降雪がないよう祈っている。

 さて、いろんなところで書いてきたが、私ども石川県人にとって、2月は歌舞伎の月である。加賀を舞台にした歌舞伎十八番勧進帳の一幕が、この月の出来事を劇化したものだからだ。勧進帳のもとになった能の「安宅」、そしてその原典とされる軍記物語「義経記」では、源義経が奥州の藤原秀衡を頼って都落ちし、北陸道に差しかかったのが2月とされている。兄頼朝に追われて落魄の逃避行を余儀なくされている義経の心象風景にマッチするのは、寒さが募り、衣を着た上に更に着込む「着更着」「キサラギ」の気候のように思えて、ピッタリ感がある。

 しかしながら、勧進帳の舞台は旧暦の世界である。昔の「如月」は、今の暦では2月下旬から4月上旬頃にあたるだろうか。だから能の「安宅」では、如月の十日の夜に都を出た義経一行は、「名のみの春」ではなくて「実際の春」に都落ちの道を歩んだようで、安宅の関に到達したことは「花の安宅に着きにけり」と謡われている。

 とまれ、現実の舞台では、季節感は前面に出ず、辛い旅を続けてきた義経、弁慶が、華やかな色彩の舞台で富樫と渡り合うということで芝居が展開するが、私は、加賀の地が、この大人気演目の舞台となっていることを、ただ有り難く思うのである。

 さらに2月の歌舞伎と言えば、石川県とは関係ないが、「三人吉三巴白浪」(さんにんきちさ・ともえのしらなみ)の「大川端の場」が有名だ。お嬢・お坊・和尚の三人の吉三と呼ばれる盗賊が百両の金と名刀を巡って因果話を繰り広げるこの芝居は、発端が節分の日。この日に、若い女を川の中に突き落として百両を奪ったお嬢吉三が口にする「月も朧(おぼろ)に白魚の」から「こいつぁ春から縁起がいいわえ」までのセリフは、河竹黙阿弥の手になる七五調の名調子で季節感あふれた詞章として、歌舞伎名セリフの中で最もよく知られており、毎年2月になると、ひとりでこのセリフをつぶやいている。(2018年2月19日記)

石川県人 心の旅 by 石田寛人

石川県人会発行の月刊ニューズレター「石川県人会の絆」に2016年1月の創刊から連載中の記事をまとめたサイトです。

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