植物と生きる人々

 植物の好きな女性は多い。妻もその一人で、「原色牧野植物大圖鑑」の「合弁花・離弁花編」と「離弁花・単子葉植物編」の分厚い2冊を身辺に置いて、日毎に頁を繰っているが、妻の津田塾大学時代の同期の友人達には、もっともっと本格的に植物を愛好、研究する女性がいる。その一人が夏目和子さん。どんな草花にも深い関心を示し、根っから植物を愛するその姿に、妻は満腔の敬意を表しており、牧野富太郎、今世にあらば、彼女と仕事をしたいと思うに違いないような方である。いま一人は、牧野富太郎と同じ高知出身の立仙美幸さんで、大学寮で妻のルームメート。妻は親友中の親友として、長く付き合ってきたが、誠に残念なことに、16年前に他界された。彼女は、ヘクソカズラなるアカネ科の蔓性植物が、他の植物にまつわり付きつつ相手と似た姿になろうとする例を多く見つけて写真に撮影し、このことを世に問うために「ヘクソ夫人の迷宮or植物のアレロパシー」と題する著書を亡くなる直前に出版した。アレロパシーは英語でAllelopathy。他感作用と訳され、植物が発する化学物質によって他の植物がいろいろな影響を受けることを指すが、彼女の植物に対する熱意は、その著書から今も脈々と伝わってくる。

 このような友人達の影響もあって、妻はさらに植物にのめり込み、今や放送中のNHK連続テレビ小説いわゆる朝ドラの「らんまん」にチャンネルを合せる毎日である。

 「らんまん」では、牧野富太郎は、槙野万太郎の名前で、神木隆之介さんが扮して大人気である。石川県出身の浜辺美波さんが万太郎の妻寿恵子の役を演じて活躍しており、私も妻につられてこの朝ドラを見ている。ここで、槙野万太郎は、東大植物学教室初代教授矢田部良吉がモデルとされ要潤さん演ずる田邊彰久教授に植物学教室に入れて貰って植物採集と研究に没頭するものの、田邊教授から出入り禁止の沙汰を受けて苦労する。そんな万太郎の友人として、前原瑞樹さん演ずる藤丸次郎なる人物が登場するが、この人は加賀藩士の家に生まれて東大植物学教室の学生となり、後に牧野富太郎に救いの手を差し伸べる藤井健次郎をモデルにした人物ではないかと直感した。

 しかし、ドラマはそう簡単ではない。これまでの状況では、槙野万太郎とともに植物学雑誌の刊行を進めている様子などを見ると、藤井健次郎以外の人物のようでもある。あるネット記事では、ここらは東京出身の田中延次郎がモデルと解説されている。しかし、これはテレビ小説であって、史実そのものではない。作者は、藤丸次郎を二人が合体した人物にしようとしているのではないだろうか。別のネット記事にもあるとおり、藤丸次郎は藤井健次郎の影が次第に濃くなって、教室から閉め出され、ロシア行きも挫折して、失意のどん底にある万太郎を、自分の知り合いの教授がいる農科大学に紹介して、そこで研究の場が確保されるように努める人物になっていくと期待しているが、ドラマはこの先どう展開するであろうか。

 郷土の大先輩藤井健次郎は、昨年10月本欄で触れたとおり、長田敏行東大名誉教授からその偉大さを教えて頂いた碩学で、東大教授として小石川植物園などで大活躍し、牧野富太郎を支援するとともに、その門下から多くの俊秀を輩出し、後年文化勲章を受章している。ともかく、ドラマの中の藤丸次郎が石川県人らしく、じっくり力強く槙野万太郎を支え我が国の植物学を隆盛に導いていくのを楽しみにしている。(2023年8月7日記)

石川県人 心の旅 by 石田寛人

石川県人会発行の月刊ニューズレター「石川県人会の絆」に2016年1月の創刊から連載中の記事をまとめたサイトです。

0コメント

  • 1000 / 1000