浪裏の宇宙

 今月始め、飛行機で小松入りしたら、雲の切れ目から見えた白山がとてもきれいだった。白山は、雪を頂いた姿の美しさがその名前の由来だろうが、夏の青い白山は、墓参に帰郷する私に微笑みかけてくるようで、独特の懐かしさを感じてきた。最近は、一年中石川と東京を行き来し、夏にはそれが激しいので、車窓や機窓から青い白山を見る機会は多いのだが、この日は葛飾北斎の富岳三十六景のうち「凱風快晴」赤富士の青摺りのことが胸中をよぎった。この珍しい靑摺り赤富士は、一昨年1月本欄で触れたように、かねて関心をもってきたが、最近、東京墨田区の北斎美術館で種々お話を伺ったからである。

 先月この欄でホルスト作曲の組曲「惑星」に新しく「ボイジャー」の楽章を付け演奏したことに関して、太陽圏を脱していった惑星探査衛星ボイジャーは、宇宙の未知なる生命体に向かって呼び掛けるために、黄金のレコードを蔵していることを申し上げたが、パリ・オリンピックの閉会式で、ゴールデンボイジャーが現れて驚いた。それはそれとして、その演奏の打合せなどで墨田区文化振興財団の幹部とお話した際、この財団は北斎美術館も運営しているとお聞きしたので、同美術館で展示されていた青い「凱風快晴」に関してお尋ねした。同財団の担当者はすぐ北斎美術館に繋がれ、私は二度にわたって、両国駅近くの同美術館に参上した。真っ先にお伺いした「青い赤富士」については、以前の展示は他から借りて来てのことであって、北斎美術館で所蔵している訳ではないので、今は見られないとのことだった。しかし、せっかく、北斎美術館を訪れる機会を頂いたので、二度とも丁寧に美術館の展示を鑑賞した。最初の訪問時は北斎の役者絵展、二度目は富嶽三十六景46枚の中の「神奈川沖浪裏」の図から想を広げた「ウエーブ」の展示が中心であった。二度目の際は、新しい北里柴三郎の千円札の裏側は、北斎の「神奈川沖浪裏」の図なので、日本銀行券千円札も展示されていた。その場で和田幸恵副館長からいろいろご教示を頂くことができた。

 そもそも北斎の「神奈川沖浪裏」の図は、大天才の作品として、世界的に大きな影響を与えたとされるが、北斎には、この作に至るまでに、いろいろ前作がある。ここから、北斎は波の表現になみなみならぬ苦心を重ねてきたことが窺える。北斎の絵は、北斎漫画に見られるように人物の姿は躍動感にあふれ、風景は大胆にデフォルメされながら実物以上のリアリティをもって我々に迫ってくるが、それは天馬空を行くごとき一気呵成の筆さばきで描かれたように受け止められがちである。もちろん、それもあろうが、その作品は、天才絵師の長い積み上げの成果でもあることを認識した。

 北斎の波としては、長野県小布施の上町祭屋台の天井絵として描かれ、今は北斎館に展示されている「怒涛図」が有名で、「男波」「女波」の2点がある。いずれもその名にふさわしい波濤の姿が描かれているが、その波頭の先に、白い点々が散らばっており、波の飛沫が散る様子かと思われる。しかし、その飛沫を何度も見ていたら、それは、飛沫だけではなく、波の裏から遥かに望める大空に輝く星が混じっているかもしれないと思えてきた。たまたま、組曲「惑星」とボイジャーに関する音楽のご縁で見せて頂いた波の展示で、波の裏から宇宙の果てしなき空間が望めるように思え、もしそれが意図されていたとするならば、北斎の自然観に深い感慨を覚えるのである。(2024年8月16日記)

石川県人 心の旅 by 石田寛人

石川県人会発行の月刊ニューズレター「石川県人会の絆」に2016年1月の創刊から連載中の記事をまとめたサイトです。

0コメント

  • 1000 / 1000