今月の7日と8日、和倉温泉の「日本の宿 のと楽」で、第84期将棋名人戦挑戦手合の第3局が藤井聡太名人と挑戦者糸谷哲郎九段の間で行われた。名人戦は、日本将棋連盟、朝日新聞社及び毎日新聞社が主催し、大和証券グループが特別協賛している最も伝統ある棋戦であり、その重要対局が能登で行われたのである。もともと能登は、著名な女流棋士を出している将棋に縁の深い土地である。女王や女流王位等の女流タイトルを合計7期にわたって獲得された後、惜しまれつつ引退された甲斐智美女流五段は七尾市の出身、テレビに棋譜読み上げや聞き手としてよく登場され適切な対応が見事な井道千尋女流二段は珠洲市出身である。このような能登で、災害からの復興を強く願いながらの最高の将棋対局が行われたのは、石川県人の一人として誠に有り難く、関係者に深く感謝申し上げたい。
この意義深い対局に際して、私はなるべく長く和倉に滞在して、一部始終を見聞きしたいと思った。しかし、前夜祭開催の6日は「日本こども歌舞伎まつりin小松」の2日目に当たったので、子供達の芝居を楽しんだのち、北陸新幹線と「能登かがり火7号」を乗り継いで和倉温泉に急いだ。同じ列車には、谷川浩司第十七世名人をはじめ報道関係者を含む名人戦関連の方々が、大勢乗り込んでこられ、車両には一般の乗客も多かったが、将棋列車に乗ったような感じがした。かくして前夜祭の数時間前、賑やかな和倉温泉駅に着いた。前夜祭を待つ長い時間、日頃お世話になっているやちや酒造の神谷昌利社長や去年ニューヨークにご一緒した書家の宇多青莎さんとともに、晴天に恵まれて波静かな七尾湾の風光を愛でつつ、清談を楽しむことができた。
この日は、名人戦挑戦手合に併せて、日本将棋連盟駒みらい支部の主催、和倉温泉観光協会共催で和倉復興祈念将棋大会が開かれた。この大会には、渡辺明九段が登場され、指導対局やトーナメント戦の優勝者に対する表彰状授与などによって、能登や加賀の将棋熱を高めるのに大きく貢献された。
そして、午後6時。前夜祭が始まった。一同が固唾を吞んで見守る中、藤井名人と糸谷挑戦者が登場され、お二方から、上述の和倉復興祈念将棋大会での小学生の部の優勝者に表彰状を手渡された。続いて関係者の挨拶、両対局者の決意表明と花束贈呈があったが、翌日に超重要対局を控えておられる両トップ棋士が、能登復興への思いを強く語られたのは、参加者に深い感銘を与えた。拍手のうちに両対局者が自室に引き上げられた後、参加の各棋士が壇上に立たれたが、冒頭、立会いの重責を担われる谷川浩司第十七世永世名人が、能登地震の被災に心を寄せ、早期の復興を祈る旨の将棋界全体の思いを力強く発言されたのは、参加者の心に深く深く響いた。この3日間、永世名人は、対局の開始宣言はじめ、封じ手の授受や保管等の大切な役目を果たしながら、大盤解説にも立たれて、八面六臂の大活躍であった。副立会人は、村山慈明八段と北浜健介八段。北浜八段は、翌日の糸谷挑戦者の初手に関して、敢て刺激的な手を示唆され、参加者の興味を引きつけられた。なお、アマ将棋の強豪で小松出身の若杉幸平弁護士も参加されていて、突っ込んだコメントを聴くことができた。
対局初日の翌7日は、私は前田育徳会の理事会のため、東京に戻ったが、スマホで名人戦の対局開始とその進行を確認し続けた。対局二日目の8日。北陸新幹線で「のと楽」の大盤解説会会場に駆けつけた。300人程と思われる参加者の前で、渡辺明九段が絶妙な口調で、対局内容を解説され、谷川永世名人や村山八段、北浜八段も、立会いの任務の間を縫って大盤解説に立たれていた。さらに山﨑隆之九段も姿を見せられ、渡辺九段と山﨑九段による掛け合いの大盤解説は、最高級のトークショーを聴くようで、時が経つのを忘れた。ここで、渡辺九段から「藤井名人は当地名物の『みそまんじゅう』を食べて、対局で毒饅頭をしかけた」旨の発言があり、山﨑九段が当意即妙に応じられて、会場は大いに盛り上がった。
この対局の結果は、藤井名人が勝利されて3連勝となったが、糸谷九段の指し手は、私の如きズブの素人にも感ずるところが大きく、両対局者にはただただ感謝したい。
また、上に述べた立会人、副立会人、解説者の方々をはじめ、緊張が続く仕事である記録係を務められた國井勝太三段・井出将太二段と、東日本大震災、熊本地震を経験して能登を温かく励まされる大盤解説会の聞き手松下舞琳女流初段に厚く御礼申し上げたい。
かくして、七尾市和倉温泉で展開された将棋名人戦とそれに関連するイベントは無事終了したが、これは、日本将棋連盟の決断のもと、同連盟駒みらい支部をはじめ関係者のご努力、わけてもカルチャースクール石心の佃優子席主の奔走が大きかったと思われる。また、将棋の名人戦挑戦手合対局というひときわ気の張る催しを受け入れられた「のと楽」の経営者や従業員の方々、観光関係をはじめとする七尾市の皆さんのご尽力は、誠に素晴しく、この対局によって、和倉温泉がこのような形で多くの方々をお迎えできることを十二分に世にアピールできたと思われる。和倉温泉は、いまだ復旧途上でもあるが、もう、このように温泉旅館の穏やかな楽しい雰囲気を満喫できることを更に多くの方々に知って頂きたいとの思いを深くした。なお、名人戦挑戦手合は、この16日と17日に第4局が行われ、藤井名人が勝利して、名人位を防衛された。(2026年5月19日記)
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