緞帳

 私が学生生活を送った和敬塾の塾祭と予餞会は、私達の北寮ミュージカルが呼び物であった。「和敬塾、よいとこ、一度はおいで、頼もし男が、招いている」で始まり、「目白の森に、月が出る」とややセンチな感じで終わる北寮ミュージカルの歌が主題歌だった。この歌の曲は、仲間の一人が日劇ミュージカルの歌を採譜して若干もじった軽快なもので、今も、私の脳裡にこびりついている。その舞台は、宝塚風のレビューあり、歌舞伎調の場面ありで、ダイナミックに展開するのが常だった。しかし、私が3年の時の予餞会で、舞台責任者兼幕引係であった私の幕操作がうまくいかず、上演効果を著しく損なった。そのため、送り出す卒塾生と好演した出演者に誠に申し訳なく、後悔の念が長く胸中から離れなかった。以来、芝居を見る毎に、幕がとても気になるようになった。

 歌舞伎の幕は、引き幕の定式幕で、江戸時代から大芝居で使われてきている。これとは別に緞帳と呼ばれる幕がある。これは、江戸の世で、引き幕の使用が許されなかった小芝居で用いた上下にあげさげする粗末な幕のことで、このような芝居は緞帳芝居と呼ばれた。緞帳芝居は戦前に廃れてしまったので、私は知らない。

 しかるに、現在の大芝居の劇場とも言うべき歌舞伎座や国立劇場、新橋演舞場などでは定式幕とともに豪華な緞帳を備えている。これらの緞帳は、観客が劇場で非日常的で華やかな空間にあることを味わいつつ芝居の世界に入っていくのに大きな役割を果たしており、同じ「緞帳」と言っても、昔の緞帳芝居のそれとは全く違ったものである。

 さて、日本経済新聞朝刊最終面の文化欄連続コラムでは、7月末から8月にかけて、静岡文化芸術大学の永井聡子教授が「劇場の顔、緞帳十選」と題して、主要な劇場の緞帳を写真とともに紹介されていて、興味深かった。それを順に述べたい。

 初回は、歌舞伎座の緞帳であった。コラムでは、横山大観の「霊峰飛鶴」が紹介されていた。歌舞伎座では、上演毎に緞帳紹介があるが、何枚もの緞帳のうちで、教授は東山魁夷の「朝明けの潮」にもふれておられる。これらの美しい「一級の美術品はこれから始る劇的世界へと高揚を促す」と教授は書かれている。我々石川県人が愛好してやまない歌舞伎演目「勧進帳」は、緞帳を上げて芝居がはじまるので、歌舞伎座の緞帳は、私の目に焼き付いている。

 二回目は新橋演舞場の緞帳「夢」であった。この緞帳は昨年の東おどり100回公演を記念して掲飾されたものと説明されており、歌舞伎俳優中村隼人丈の身体の動きをモーションキャプチャーで記録した抽象的な図柄である。最近、私はあまり劇場に行っていないので、この緞帳はまだ見ていないが、新橋演舞場は、和敬塾時代に先輩に言われて何度も歌舞伎を見に行った思い出深い劇場であり、ぜひこの新しい緞帳を見たいと思っている。

 三回目は、東京宝塚劇場の「アモソーロ」という緞帳であった。これはイタリア語で「愛情に満ちて」という意味で、実に宝塚らしい。ロココ調の唐草模様やハートの形で構成されている抽象的な図柄のようで、私は、まだ見ていない。しかし、和敬塾の才能溢れる同級生で残念ながら早世した徳永武久氏は宝塚歌劇にも造詣が深く、同氏の奨めで若い頃何度もこの劇場に行った。お蔭で、天津乙女や春日野八千代達名優の舞台を直に見ることができたが、早くこの緞帳と舞台を見て、徳永氏との思い出に浸りたいと思っている。

 四回目は、東京の帝国劇場の緞帳「金彩」と「銀彩」であった。この劇場は、東宮御所の設計者で我が県が誇る谷口吉郎博士の設計になるものであり、緞帳も同博士の発案によるとのことである。この劇場は、新装再開場した昭和41年、妻と私がそれぞれの母親を誘って中村吉右衛門丈演ずる「金閣寺」の此下東吉(木下藤吉郎)を見た記憶が今も新鮮で、NHKの「豊臣兄弟」が話題の今年、懐かしさがつのるが、昨年から建替えのために閉場している。今後、どのような装いで再登場するかとても楽しみである。

 五回目は、国立劇場大劇場の緞帳であった。伝統的な有職文様「萌葱小葵浮線稜紋二重織」の緞帳である。この劇場は、昭和41年、「車曳」で前後を分けて二ヶ月にわたって上演された「菅原伝授手習鑑」の片岡孝夫(現仁左衛門)丈の開場第一声のセリフが懐かしいが、加えて、日本国際賞の贈賞の式典が毎年開かれたので、主催者の国際科学技術財団の役員の末席を汚していた私は、この緞帳をよく見てきた。ただし、この劇場も目下建替え中で、劇場再開はかなり後になるようだが、それまでは、生きていたいと思っている。

 六回目は、大阪文楽劇場の緞帳であった。ここは、芝居の劇場ではなくて、文字通り人形浄瑠璃上演のための劇場である。ここの第一緞帳の文様は、「有職道長文様」と言われる藤原道長が和歌を書いた継ぎ紙に因んだものである。この劇場は、私が随分前に文楽脚本を書いて文楽なにわ賞の佳作を頂いた懐かしい劇場であるが、今は、私が会長を務める日本伝統芸能振興会の出身で竹本織大夫師門下の若い竹本織部大夫の語りを早く聴きたいと思っている。

 七回目は、京都南座の緞帳であった。デザインは「牡丹唐草段模様」の「赤地草花連紋」で、京都らしい洗練された文様の緞帳である。多くの色糸を用いた綴織の豪華なこの緞帳は長く長く芝居を上演してきたこの劇場の格式を示しているようである。妻を誘って京都に住む義妹夫婦と坂田藤十郎丈の舞台を見たことが忘れられない。

 八回目は、名古屋御園座の緞帳であった。これは、名古屋の杉本健吉画伯の「天人奏楽」の図柄で、私はまだ見ていないが、写真から、天人の動きが優美で躍動感があり、まさに演劇舞踊への誘いの幕にふさわしいと感じた。ここも早く行きたい。

 九回目と十回目は、緞帳ではない劇場幕の紹介だった。九回目は歌舞伎座の13代目市川團十郎白猿襲名披露と8代目市川新之助初舞台の祝い幕の紹介で、これは引き幕である。「勧進帳」、「助六」、「暫」などの歌舞伎十八番の演目の場面がちりばめられていて楽しい。十回目は、東京初台の新国立劇場のオペラパレスの真紅のオペラカーテンだった。これらは、緞帳同様に、観客を華やかな舞台に誘う大切な装置であり、緞帳の仲間として教授が取り上げられたと思われる。

 私としては、金沢の石川県立音楽堂邦楽ホールの2枚の緞帳か石川県小松市團十郎芸術劇場うららの緞帳も取り上げてほしかったが、これらについては、いずれ本欄で論じたいと思っている。最後に、永井教授の素晴しいコラムを本稿で荒っぽく不十分な形で取り上げたことについて、教授に深くお詫び申し上げる。(2026年8月18日)

 

石川県人 心の旅 by 石田寛人

石川県人会発行の月刊ニューズレター「石川県人会の絆」に2016年1月の創刊から連載中の記事をまとめたサイトです。

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