知事選市長選とアカデミックガウン

 この13日に投開票された石川県知事選挙は、馳浩氏が当選された。また、同日行われた金沢市長選挙では村山卓氏が、輪島市長選挙では坂口茂氏がそれぞれ選ばれた。新知事、新市長には心から祝意を表し、当選に至らなかった各候補者にはその健闘を讃えたい。新しい知事、市長による県政、市政で、石川県と県内の市町が更に発展するよう、石川県人会としても力を尽くしたい。

 さて、ここからは公立小松大学理事長としてお話ししたい。3月は卒業式の季節である。卒業式にアカデミックガウンを用いる大学が多くなった。金沢大学ではかなり前からそうしているし、私も経営協議会委員の一人である政策研究大学院大学では、修士と博士のみの卒業生は、全員ガウンを着ている。この23日に最初の卒業生を送り出す公立小松大学も関係者と学生の一部がガウンを着用することにした。

 今の小松は、総合的な工業都市であるが、かつては繊維の町だった。古くから、綸子(りんず)をはじめとする絹織物を生産、販売してきた。歌舞伎「勧進帳」では、富樫が弁慶に無礼を詫びて寄進する場面で、砂金とともに加賀絹が三宝に載せて運ばれてくる。その伝統は今も生きており、小松は、歌舞伎の町、茶道の盛んな町、百万石の文化都市金沢の近くの町として、和服を着る機会が比較的多い町でもある。その町の大学として、和服あるいは衣服全体を意識した儀式で卒業生を送り出したかったのである。

 早速、大学の協力企業小松マテーレの中山賢一会長に相談した。すると、隈研吾先生にお願いしてはどうかとの返事。驚いた。世界的な建築家に衣服のデザインを頼むとは。しかし、躊躇なく、そうすることにした。

 ややあって、隈先生デザインの概念写真を中山会長から示されて、また驚いた。正方形の折紙を2枚連ねて人型に絡めてある。言葉が出なかった。隣席の山本博学長や千葉正事務局長は、感ずるところがあるようだった。金沢美大名誉教授で美的センス溢れる横川善正副学長が「すばらしい」と声を上げたので、感度の鈍い私もそのように認識した。

 試作されたガウンは、直線がとても目立つものだった。ジッと見ていると、着物をほどいて長い布に戻し、洗濯して、多くの竹ヒゴでピンと張って乾かし、それを再度元の着物に縫う曾祖母の「洗い張り」が胸に浮かんだ。和服は、着物と布が往復しうる基本的に直線の衣服だ。このガウンが和服と親和性が高いことを確信した。

 3月3日、かくして仕上がったアカデミックガウンを記者会見で披露した。男女の学生がモデルを務め、女子学生は振袖に袴という卒業式スタイルで参加してくれた。彼女が着たガウンは、着物によくマッチして誠にすばらしかった。男子学生の方は、角帽をかぶると横山隆一の漫画「フクちゃん」を想起したが、これまた、とても結構だ。

 当日の記者会見では、隈研吾先生に質問が集中した。隈先生は、建築も衣服も人間が主役であることで共通しており、日本文化の象徴ともいえる折紙をベースとしつつ、小松の繊維産業の伝統を踏まえて、着物にマッチしやすいガウンになるよう配慮したと話された。織物業者の先祖不孝な末である私の胸中に、隈研吾先生と中山賢一会長に対する感謝の思いがいっぱいに広がった。

 江戸時代の寛政年間に設立された小松学問所には、当時の絹織物業者も懸命に支援したと思われる。そんな昔の学問と産業の結びつきが、令和の今、アカデミックガウンとなって眼前にあることに無上の喜びを感じている。4年前に、江戸期の先人の熱意を現代に生かす気概で設立された公立小松大学は、理事長の私は力不足ながら、すばらしい学生、すばらしい教職員、すばらしい支援者に恵まれている。卒業生は世界的建築家によるこのガウンに思いを宿して、地域に全国に世界に活躍してほしい。(2022年3月18日記)

石川県人 心の旅 by 石田寛人

石川県人会発行の月刊ニューズレター「石川県人会の絆」に2016年1月の創刊から連載中の記事をまとめたサイトです。

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