聖ミクラーシュの日

 今月3日、私の妻は、東京広尾の在京チェコ大使館に出かけてきた。日本チェコ友好協会主催のクリスマスレセプション「聖ミクラーシュの日」の行事に参加するためである。私は、他用で同行できなかった。

 「聖ミクラーシュの日」は正式には12月6日で、5日がイブ。この夜、チェコでは、聖ミクラーシュと呼ばれるキリスト教聖人の扮装をした人が、天使と悪魔を連れて家々を訪問して、子供達に良い子であったがどうか尋ね、良い子にはお菓子を、悪い子には石炭や馬鈴薯を与える行事が行われる。馬鈴薯は大事な食料、石炭は大切な燃料ではあるが、世界中で脱炭素が標榜される今は、石炭を与えることには格別の意味があるようにも思えてくる。子供達は、悪魔に迫られると恐がって泣き、親御さん達が、実は良い子でしたよとか、これから良い子になりますから等と言ってとりなし、結局お菓子を貰うことになるのだろう。秋田の「なまはげ」や能登の「あまめはぎ」のようなものかもしれない。

 私のプラハ在勤の際は、現地に子供を同行していない我が家には聖ミクラーシュも悪魔も天使も来ないので、その実物を見るため、プラハの中心部旧市街広場に出かけて、聖ミクラーシュの日のイブの雰囲気を味わった。そこでは、若者が扮する何組もの聖ミクラーシュと悪魔と天使が活躍していた。聖ミクラーシュは男性が、天使は女性が扮するのが一般的で、悪魔は女性も男性も演ずる。私が強く印象づけられたのは、聖ミクラーシュになった人達がごく普通に振る舞うのに対して、悪魔に扮した若い女性が実に楽しそうに動き回っていたことで、髪をモジャモジャにして手に持つ鎖をジャラジャラいわせ、頭に生やした角を電飾で光らせるなど、日頃できないことを思う存分やれる喜びを味わっているように見えた。

 この聖ミクラーシュは、セントニコラスであり、もとは、クリスマス・イブに子供達に贈り物を持ってくるサンタクロースと同一人物である。東方正教会の影響の強かったところでは、セントニコラスの祭日12月6日が、今もこのような形で祝われているようだ。このイブがクリスマス・シ-ズンの始まりで、クリスマス・ソングの季節となり、クリスマス・マーケットが活気づく。クリスマスの歌は、我々馴染みの「きよしこの夜」などとともに、チェコの歌も歌われる。特に「一緒にベツレヘムへ行きましょう」なる歌は、出だしが、「(遅)ド・ド・ソ・ソ/(遅)ミ・ミ・ド・ド/(速)ファソラソ・ファソラソ/(速)ファソラファ・ソー(ファは半音上がる)」のメロディーで、この部分の後半は「ドゥイダイ・ドゥイダイ/ドゥイダイ・ダー」と発音され、中東欧らしさに溢れていて、聴き心地が良かった。

 チェコの聖ミクラーシュは、教会の名前でもある。「聖ミクラーシュ教会」は、プラハに2つあり、ひとつは我が大使館の近くのブルタバ川左岸に、今ひとつはクリスマス・シーズンを含めていつも賑わう旧市街広場に面して建っている。

 さて、妻によると、3日夜の在京チェコ大使館は、我が国とチェコの子供達が大勢招かれていたが、大使館員が扮する聖ミクラーシュや天使や悪魔が登場した途端、3歳くらいの女の子が、悪魔を恐がらずに、「パパ、パパ」と走りよってじゃれつき、抱っこされていたのが可笑しかったそうだ。

 今、各国が懸命に対策を講じているコロナのオミクロン株は、ひどい悪さをしない聖ミクラーシュの日の悪魔のように、穏やかに収まってほしいと強く念じている。

 皆様、どうか良いお年をお迎えください。(2021年12月15日記)

石川県人 心の旅 by 石田寛人

石川県人会発行の月刊ニューズレター「石川県人会の絆」に2016年1月の創刊から連載中の記事をまとめたサイトです。

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