7月28日、妻と二人で家の近くの府中TOHOシネマズに行き、かねて話題の映画「国宝」を見た。上映時間は175分と聞いたので、妻も私も、その日は水分を控え目にして映画館に行ったが、映写が始ると、時の経つのを忘れてスクリーンに惹きつけられた。
この映画は、任侠の子として生まれた立花喜久雄が主人公である。任侠同士の抗争で父を失ったその時の会合の余興で演じられた歌舞伎舞踊劇「積恋雪関扉(つもるこい・ゆきのせきのと)」で、喜久雄の演技の素晴らしさに、大坂の歌舞伎俳優二代目花井半二郎が驚くのが、この物語の発端である。喜久雄のたぐいまれな才能を見抜いた花井半二郎は、彼を自分の部屋子として引き取り、実子の大垣俊介をともに、厳しい歌舞伎の訓練を続けて鍛え上げる。喜久雄の芸名は花井東一郎、俊介は花井半弥。「東半コンビ」として舞台に立った二人は、ともに素晴しい演技を見せて、大いに世間を沸かせる。しかし、怪我をした半二郎が、「曾根崎心中」の上演で、自分の代役に、実子の半弥ではなくて、部屋子の東一郎を選んだことで、物語が大きく動く。
この3人を、NHK大河ドラマで主役を務めた3人が演じている。立花喜久雄は、4年前の「青天を衝く」で渋沢栄一役を演じた吉沢亮、大垣俊介は、現在の「べらぼう」で蔦屋重三郎役を演ずる横浜流星、そして二代目花井半二郎は、1987年放送の「独眼竜正宗」で伊達政宗役を演じた渡辺謙という配役である。そして、喜久雄の継母が宮澤エマ、俊介の母が寺島しのぶ、喜久雄の恋人で俊介に近づく春江が高畑充希と、女優陣も豪華で、それぞれの存在感が素晴しい。
さらに、重鎮の歌舞伎俳優として大活躍中の中村鴈治郎が監修、指導し、みずからも歌舞伎役者吾妻千五郎役で出演しているので、全編が引き締まり、歌舞伎俳優以外の役者が歌舞伎を演じていても全く違和感がない。
若い吉沢亮と横浜流星が、歌舞伎について一年半も勉強し、懸命に努力した成果は、美しい「藤娘(ふじむすめ)」や「二人道成寺(ににんどうじょうじ)」を踊る画面上に十分に現れていて、堪能できる。さらに、我々が客席から見る舞台面だけではなく、舞台後方など、全く我々が見ることができない角度からの映像が大画面で展開するので、美しい動きが迫力満点で展開する。
この映画は、「家柄か才能か」、「血か力か」という古来の難問を我々に突きつける。この世の技芸の世界で、家柄の人はわずか、ほとんどの人は一般人である。家柄の人は、親の才能の継承と、生まれながらの環境において、安定して優れたパフォーマンスを発揮することが多い。しかし、一般人の中にも特定分野で極めて優れた才能の持ち主はいる。我々生き物は、全て誰かと誰かの子として生まれ、親の遺伝子を受け継ぐ。しかし、ふた親から受ける遺伝子の組み合わせは、さまざまであり、父親に100%似た子供、母親に完璧に似た子供はいない。その中で、我々は親から受け継いだものを担いながら、それぞれ生きるための技能技術を磨いてこの世を生きていく。世襲による特定技芸の継承の効用について、深く考えさせられる。
8月17日までに「国宝」は105億円の興行収入があったと報じられた。実に多くの人が見ておられる。この映画が、私達の歌舞伎学習のよき機会になっていることは、小松と東京で子供歌舞伎を応援している私としては、とても有り難く、素晴しいと思っている。(2025年8月20日)
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