2月26日は、1936年に起こった2・26事件の日として記憶されているが、その10年前の1926年に前田育徳会が設立された日でもある。今年100周年を迎えた前田育徳会は、以下のような歩みで、今日を迎えた。
[財団設立の決意]前田家第16代御当主前田利為(としなり)公は、大正15年(1923年)9月1日に発生した関東大震災で多くの文化財が焼失したのを目の当たりにして、前田家伝来の所蔵品を永く保存するため、公益法人の設立を決意された。
[財団の名称]財団の名称は「育徳財団」とされた。由来は、藩政期の前田家第5代御当主前田綱紀公が命名された本郷邸の庭園「育徳園」からきている。本郷前田邸のあとを受けた東京大学の通称三四郎池は育徳園心字池が正式名称である。この「育徳」の典拠は、中国の易経である。
[財団の設立]育徳財団は大正15年(1926年)2月26日、文部省より公益法人として認可され、正式に発足した。任務は、前田家所蔵品の複製頒布、祭祀、学芸、育英などの奨励を行い、閲覧所を設けて有志の閲覧に供することとされた。
[複製事業]すでにその前年から前田家で行われていた複製事業「尊経閣叢刊」を財団が引き継いだ。以後1年に4、5冊のペースで刊行され、戦後の昭和27年まで刊行の総数は64点を数えた。「尊経閣」の名称も前田綱紀公の蔵書名からきている。
[駒場への移転]前田家は本邸を本郷から駒場に移転し、昭和3年には、収蔵庫2棟と図書閲覧所1棟が竣工、主要収蔵品の移送が行われ、同年4月閲覧所の一室に育徳財団も移転した。
[保存事業管理]昭和12年、利為公は、育徳財団に収蔵庫、図書閲覧所を付属する土地とともに寄贈し、所蔵品の一部も寄附して、その保存管理を任せた。同年、名称「侯爵前田家育徳財団」に改めた財団は、その保存管理を主要業務とするようになった。昭和17年9月、利為公は戦死され、跡を継いだ第17代御当主前田利建公は、所蔵品のうちの一部の優品を財団に寄附してその保存管理を図られた。財団は、戦中戦後の混乱期を乗り越えて、前田家から寄贈を受けた文化財の保存管理に当たった。
[前田育徳会と公開事業]昭和24年財団は名称を「財団法人前田育徳会」と改称し、収蔵品の保存管理、古典籍の閲覧事業を継続するとともに、前田家伝来の美術工芸品を広く紹介するため、昭和20年から40年代前半にかけて、全国各地で展覧会を主催した。
[石川県立美術館での展示]昭和55年、石川県と契約を結び、新しい石川県立美術館内に財団所蔵の美術工芸品を紹介する展示室を設け、そのため収蔵品の一部を美術館に寄託した。石川県立美術館では、展示室の通年公開を行うとともに、定期的に財団所蔵品を大量に紹介する展覧会を開催した。平成20年には、展示室を「前田育徳会尊経閣文庫分館」と改め、更に積極的な展示を行ってきた。
[成巽閣での展示]金沢の成巽閣には、財団が戦時中に疎開させた財団所蔵品が保管されるため、昭和57年に財団と成巽閣の間で展示に関する寄託契約を結び、寄託品を含めた企画展示を行っている。
[複製事業の復活]戦争などで中断された複製事業について、平成5年、株式会社八木書店と古典籍の影印出版を行う契約を結び、「尊経閣善本影印集成」の刊行を開始した。現在まで、全12輯93冊を刊行して研究者の用に供している。
[収蔵品の保存管理]財団は、引き続き主要な事業として収蔵品の整理点検、刀剣の手入れなどの保存管理の活動を行ってきている。また劣化損傷の著しい収蔵品については、国、東京都、目黒区や関係の公益法人等から支援を頂いて修復を継続的に行っている。
[100周年に当たって]平成24年(2012年)4月1日、財団は制度改革にともない、内閣府から公益法人への移行を認可され、名称を「公益財団法人前田育徳会」に改称した。今年は財団創立から100周年にあたり、財団としては、設立者前田利為公の遺志を継ぎ、その枠組みを維持して、収蔵品を大切に保存管理し、可能な限りの公開を行っていきたいと考えている。
以上のような歴史を踏まえて、先月26日、駒場の前田家洋館において、100周年記念式典を挙行した。式典には、都倉俊一文化庁長官、徳田博石川県副知事(馳浩知事代理)、徳川義崇尾張徳川家御当主からそれぞれ前田育徳会の役割に期待する旨の力強い御祝辞を頂き、前田家第18代御当主前田利祐氏とともに出席された第19代御当主前田利宜石川県人会名誉会長が前田家として所蔵品の維持管理展観に全力を尽くしたいと挨拶された。私は役目がら式辞を述べ、前田育徳会の菊池浩幸主幹が前田育徳会の歩みを紹介した。この席には、前田育徳会とともに4月14日から「特別展百万石!前田家」を主催される東京国立博物館の藤原誠館長、NHKの田中良徳メデイア総局展開センター長、NHKプロモーションの見邨俊一代表取締役社長及び読売新聞社の山口寿一読売新聞グループ本社代表取締役社長が顔を揃えられ、石川県選出の小竹凱、川裕一郎両衆議院議員、東京都の責任者、目黒区のトップ、小中寿一郞北國新聞社代表取締役社長、島谷弘幸三の丸尚蔵館館長、富山、大聖寺、七日市各前田家の御当主、八家の方々、前田育徳会評議員・理事の皆様が、それぞれ極めてご多用の中、式典にお運び頂いた。青柳正規石川県立美術館館長、藤井讓治歴史博物館館長は理事のお立場で参加された。式典の後半では、前田育徳会の刀剣の手入れにご尽力頂き続けている山田靖二郎氏と山田知代さんを顕彰させていただき、特別展の紹介をして45分程の式典を終了した。なお、上述の「前田育徳会の歩み」は、その時お配りした文章に、私が若干筆を加えたものである。
かくして、前田育徳会は満100年の節目の日を越えて、いよいよ、4月14日に始る特別展の開催の最終準備に入っている。可能な限り多くの方々に上野の東京国立博物館にお越し頂き、前田家のソフトパワーが現在にもたらしているものを十分お楽しみ頂きたいと思っている。(2026年3月18日記)
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